杉山・Badr研究室
製薬プロセスシステム工学
医薬品は、命に直接かかわる工業製品です。従来は、化学合成でつくられる低分子医薬品が主でしたが、近年ではモノクローナル抗体をはじめとするバイオ医薬品のシェアが急速に拡大しています。遺伝子治療の実用化やiPS細胞の臨床応用など、様々な展開も生まれています。社会医療費の観点から効率化が求められる一方で、COVID-19のようなパンデミックに対する柔軟な対応も必要です。「薬の先端モノづくり」を支える、新しい方法論が求められています。
私たちは、「製薬プロセスシステム工学(Pharma PSE)」を開拓しています。Pharma PSEは、医薬品製造に関わる意思決定を支援するための、モデル化・シミュレーション・最適化に関する新分野です。分子・細胞からプロセス、健康社会までのつながりを意識しながら、単独スケールの研究では成し得ない、マルチスケールな研究を目指しています。以下のテーマに、シミュレーション・実験の両面から取り組んでいます。
研究テーマとアプローチ
低分子医薬品は、化学合成でつくられる最もポピュラーな薬で、多くは錠剤やカプセル剤のような固形剤として提供されます。この分野ではフローケミストリー・連続生産が盛んに研究され、連続・バッチ式の選択も考慮した新しいプロセス設計が求められています。私達は、固形剤製造について、プロセス選択肢を網羅的に生成し、それらの経済性を評価する手法を開発してきました。研究成果はソフトウェアSoliDecisionに実装され、プロトタイプ版は利用可能です。また、造粒工程に関しては実験的検討により、製品品質に関する重要パラメータの特定に成功しています。さらに、原薬合成や注射剤製造についても、連続・バッチ式の観点から研究を進めています。
Key recent publications Yamada et al., "Economic Model for Lot-Size Determination in Pharmaceutical Injectable Manufacturing", J Pharm Innov, 16, 38–52 (2021) Matsunami et al., "Superstructure-based process synthesis and economic assessment under uncertainty for solid drug product manufacturing", BMC Chem Eng, 2, 6 (2020) Matsunami et al., "Determining key parameters of continuous wet granulation for tablet quality and productivity: A case in ethenzamide", Int J Pharm, 579, 119160 (2020) Matsunami et al., "A large-scale experimental comparison of batch and continuous technologies in pharmaceutical tablet manufacturing using ethenzamide", Int J Pharm, 559, 210–219 (2019) Matsunami et al.,"Decision support method for the choice between batch and continuous technologies in solid drug product manufacturing", Ind Eng Chem Res, 57(30), 9798–9809 (2018)
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松並 研作 | 金 俊佑 | 山田 真弘 | 松枝 俊虎 |
バイオ医薬品は、細胞を用いて産生された抗体などを有効成分とする、新しいタイプの薬です。世界規模での市場拡大と少量多品目化が急速に進んでおり、切り替え操作も含めた製造プロセスの効率化が求められています。私達は、注射剤製造を対象に、使い捨て樹脂を用いたシングルユース装置や、製造装置の洗浄・滅菌・除染に関して研究し、効率的プロセスの設計手法を開発してきました。経済性、製品品質、供給安定性、環境影響の多目的評価法も提案しています。装置技術の選択支援ツールTECHoiceはプロトタイプ版を公開中です。また、抗体の連続生産、特にパーフュージョン培養や連続クロマト精製のような新技術を含むプロセス設計も研究しています。
Key recent publications Yabuta et al., "Impact of H2O2 sorption by polymers on the duration of aeration in pharmaceutical decontamination", J Pharm Sci, 109, 2767–2773 (2020) Badr and Sugiyama, "A PSE perspective for the efficient production of monoclonal antibodies: Integration of process, cell, and product design aspects", Curr Opin Chem Eng, 27, 121–128 (2020) Zeberli et al., "Approach for multicriteria equipment redesign in sterile manufacturing of biopharmaceuticals", J Pharm Innov, 15, 15–25 (2020) Shirahata et al., "Dynamic modelling, simulation and economic evaluation of two CHO cell-based production modes towards developing biopharmaceutical manufacturing processes", Chem Eng Res Des, 150, 218–233 (2019) Shirahata et al., "Multiobjective decision-support tools for the choice between single-use and multi-use technologies in sterile filling of biopharmaceuticals", Comput Chem Eng, 122, 114–128 (2019)
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BADR Sara | 岡村 梢 |
再生医療は、iPS細胞をはじめとする幹細胞を用いた最先端の治療技術です。臨床研究が盛んになるなかで、実プロセスの確立が急務になっています。その設計図を、私達はシミュレーション技術を駆使して描いています。具体的には、iPS細胞の無菌充填や緩慢凍結のプロセス設計を研究してきました。無菌充填については、細胞品質の経時変化を確率分布で扱い、ロットサイズを決定するためのアプローチを提案しています。緩慢凍結については、冷却速度と脱水量・氷晶形成量の関係をシミュレーションし、設計指針を得ることに成功しています。細胞からプロセス、サプライチェーンまでを一つの枠組みで扱うマルチスケール研究を展開しています。
Key recent publications Hayashi et al., "Slow Freezing Process Design for Human Induced Pluripotent Stem Cells by Modeling Intracontainer Variation", Comput Chem Eng, 132, 106597 (2020) Sugiyama et al., "A distribution-based approach for determining lot sizes in the filling of human-induced pluripotent stem cells", Regen Ther, 12, 94–101 (2019)
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林 勇佑 | SCHOLZ Benedikt | 廣納 敬太 | 滋山 旭昇 |
厳格な品質管理が求められる製薬プロセスでは、多数の計測センサーが用いられ、電子記録システムも充実しています。大量に得られるデータを積極的に活用する環境が整っています。私達は、バイオ医薬品の注射剤製造を対象に、データサイエンス技術を用いたプロセス運転・改善の支援手法を開発してきました。これまで、データの網羅的統計解析に基づく収率向上のアプローチや、動的DNAシーケンシングと機械学習を用いた生データのクリーニング手法、Monte Carlo法とグローバル感度解析を用いたリードタイムの改善手法を提案しています。いくつかの改善提案は、研究対象の実プロセスで実装されました。データから得られる「情報」を、化学工学的アプローチを用いて、「知識」として利用するための研究にも挑戦しています。
Key recent publications Casola et al., "Data mining algorithm for pre-processing biopharmaceutical drug product manufacturing records", Comput Chem Eng, 124, 253–269 (2019) Casola et al., "Uncertainty-conscious methodology for process performance assessment in biopharmaceutical drug product manufacturing", AIChE J, 64(4), 1272–1284 (2018) Eberle et al., "Rigorous approach to scheduling of sterile drug product manufacturing", Comput Chem Eng 94, 221–234 (2016)
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BADR Sara | ZEBERLI Anicia | ZUERCHER Philipp |
研究成果をソフトウェアとして実装し、「学術研究」を「実務で使えるツール」にしています。これまで、以下のプロトタイプ版を公開しています。
- SoliDecision(詳細はこちら):固形剤製造におけるプロセス選択肢を網羅的に生成し、経済性評価を行うためのツール。入力パラメータに確率分布を設定できるため、臨床開発から商用生産までの不確実性も評価可能。
- TECHoice(詳細はこちら):無菌充填工程におけるシングルユース・マルチユース技術の選択を支援するためのツール。経済性・製品品質・供給安定性・環境影響に関する多目的評価が可能。
この他のソフトウェアも随時開発しています。東京大学TLOと連携し、実用版も開発しています。
Key recent publications Matsunami et al., "Superstructure-based process synthesis and economic assessment under uncertainty for solid drug product manufacturing", BMC Chem Eng, 2, 6 (2020) Shirahata et al., "Online decision-support tool "TECHoice" for the equipment technology choice in sterile filling processes of biopharmaceuticals", Processes, 7(7), 448 (2019)
Press releases 東京大学プレスリリース2020年2月12日「固形製剤の俯瞰的プロセス設計を可能に」 東京大学プレスリリース2019年7月18日「オンラインで手軽に!バイオ医薬品製造の技術選択ツール、プロトタイプ版公開」
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松並 研作 | 林 勇佑 | 山田 真弘 |
現代健康社会における薬の多様化が進んでいます。伝染病や生活習慣病、がんのような、様々な疾病を治療するための選択肢が増える一方で、社会全体としてそれをどう持続させていくか、が問われています。私達は、高度化・多様化する「医薬」をシステムの視点から分析し、全体を設計・運用していくための研究を始めています。薬の研究と開発、製造と供給、患者の診断と治療のような、医薬に関わる様々なプロセスを同一のフレームで扱い、分子・細胞から医療社会までの課題を解決に導く、マルチスケールなシステム工学を開拓します。2020年3月に発足した化学工学会SIS部会システム医薬分科会、ならびに国際製薬技術協会日本本部Pharma PSE COPを中心に議論を進めます。
国際製薬技術協会日本本部(ISPE)Pharma PSE COP
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杉山 弘和 |